スコッチと銭湯

スコッチと銭湯 (ランティエ叢書)

スコッチと銭湯 (ランティエ叢書)


 田村隆一があちらこちらに書いた、ウイスキーと銭湯の文章を集めた雑文集。ウイスキーに対する蘊蓄も描かれているものの、中心となるのはやはりアルコールに対する、あるいは街や人に対する愛情だ。
 

 ぼくは「ラストオーダー」という言葉が好きだ。ランチ・タイムは正午から二時、夜は六時から十一時。「ラストオーダー」というウェーターの声がかかると、それから三十分は飲めることになる。

 人間の言葉の交流と沈黙が失われるとき、パブも、そのパブの源泉ともいうべき命の水もまた涸れるにちがいない。言葉は、ウィスキーのように生きているのだから、人間の言葉、言葉と言葉の真の交流、ちょうどモルトとグレーンが、歴史と文化に養われた眼と舌と鼻と、労働する人間のたくましい手で、はじめて結婚できるような、言葉の活力が失われたとき、それにとってかわるのは、マスメディアの饒舌という雑音と独裁者の怒号と絶叫になるのは、火を見るよるも明らかではないか。

 ――いい言葉だ。